
認知症ケア
私たちにとって、認知症の方のケアは特別なことではありません。日々の仕事の一部です。
記憶が薄れていくこと。時間や場所の感覚が分からなくなること。不安から出てしまう、きつい言葉。そうしたことに、私たちは日々向き合っています。だから、慌てません。初めて認知症と向き合うご家族にとっては大きな不安に感じられることも、私たちにとっては、これまで多くのご家族と一緒に歩んできた、見慣れた道のりです。
なぜ、複数のケアギバーで関わるのか
認知症のケアでご相談をいただくとき、よくこんなご要望をいただきます。「できれば、お一人だけにしてほしい」。顔なじみの一人がそばにいる方が、ご本人も安心できるはず——そのお気持ちは、私たちもよく分かります。
ですが私たちは、あえて複数のケアギバーで関わるようにしています。理由は二つあります。
一つ目は、時間です。認知症のケアは、何年にもわたって続いていくものです。そしてケアを始めたばかりの頃は、たいてい症状がもっとも穏やかな時期です。この先、必要なケアは少しずつ増えていきます。状況がより大変になった段階で新しい人を迎え入れるのは、ご本人にとって大きな負担になります。まだ穏やかなうちに、複数の顔に慣れておいていただくこと。それが、この先に備える私たちのやり方です。
二つ目は、相性です。認知症になるずっと前から、人には「合う人」と「合わない人」がいるものです。複数のケアギバーが関わっていると、誰も予想しなかった形で、ご本人が心を開く相手が見つかることがよくあります。最初から一人だけに決めてしまうと、その可能性自体を閉ざしてしまうことになります。
最初の一か月は知るための時間
ケアを始めてからの最初の一か月は、私たちにとって大切な「知る」ための時間です。どんな症状が、いつ現れるか。一日のうち、どの時間帯が一番穏やかか。どんな話題や、どんな歌が、表情を和らげるか。どのケアギバーと一緒にいるときが、一番心地よさそうか。私たちはそれを注意深く観察 し、記録し、チーム全体で共有します。こうして積み重ねた情報があってはじめて、その方に合ったケアの形が見えてきます。言い換えれば、この時間を飛ばして良いケアにたどり着く近道はありません。
最初の数回の訪問で、戸惑いや、はっきりとした拒絶が見られることも珍しくありません。それは失敗ではありません。多くの場合、それもまた、道のりの一部です。


自宅での暮らしと施設でのケア、それぞれの役割
私たちは、ご自宅での暮らしが続けられる限り、できるだけ長く続けていただきたいと考えています。ご本人にとって、自宅ほど安心できる場所はないからです。
ハワイでは、日本語が話せるスタッフのいる介護施設は多くありません。また施設では、一人のスタッフが大勢の入居者を担当するため、お一人おひとりに合わせたケアが難しくなります。費用の負担も、決して小さくありません。
だからこそ、順番が大切だと考えています。自宅で暮らし続けられる限りは自宅で。そして、本当に自宅での生活が難しくなったと分かったときに、施設でのケアへ。自宅でのケアを早い段階であきらめてしまうと、その後何年にもわたる選択肢を狭めてしまうことになります。
お断りすることもあります
一方で、私たちはすべてのご状況をお引き受けできるわけではありません。
身体的な介助の必要性が大きくなりすぎて、ご自宅での安全が保てなくなったとき。あるいは、ご本人の性格と認知症の症状が重なり、そばで支えるケアギバーにあまりに大きな負担がかかってしまうとき。こうした状況で無理にサービスを続けることは、ご本人にとっても、私たちのスタッフにとっても、良い結果にはつながりません。
その段階に至ったときは、私たちはそのことをはっきりとお伝えし、次の選択肢をご家族と一緒に考えます。できないことを正直にお伝えすることも、私たちが誠実なケアと呼ぶものの一部です。
お一人おひとりとの向き合い方
認知症とともに生きる方と向き合うとき、私たちが大切にしていることがあります。
訂正しない。否定しない。急がせない。
不安を深めてしまう言葉
「それは違いますよ」
「さっきも言いましたよね」
私たちが代わりに使う言葉
「ご主人に会いたいですよね」
「大丈夫ですよ」
「それは違いますよ」「さっきも言いましたよね」。こうした言葉は、不安を深めてしまうだけです。私たちは、ご本人が生きている世界と言い争うことはしません。まずその気持ちを受け止め、そっと寄り添いながら、安心できる場所へと一緒に歩いていきます。
「ご主人に会いたいですよね」——その気持ちをそのまま受け止める。「大丈夫ですよ」。そしてお茶を一杯、一緒に外を散歩したり、好きな歌を口ずさんだり。自然な形で、別のことへと気持ちを移していきます。
外に出たいという気持ちが強いときは、無理に止めません。ケアギバーはただ、そっと隣に並んで、一緒に歩きます。こうした小さな関わり方の一つひとつを、チーム全体で共有し、誰が対応しても同じように向き合えるようにしています。
実例ストーリー

『もう来ないで』から、『いつもありがとう』へ
サービスを始めた頃、その方はケアギバーの顔を見ると強く拒まれる日々でした。『出て行って』『もう来ないで』。ドアの内側に椅子を積んで、私たちが入れないようにされることもありました。認知症からくる不安が強く、初対面の人に囲まれること自体が、大きな負担だったのです。
私たちがまず変えたのは、『たくさん関わろう』という考え方でした。担当するケアギバーの人数を絞り、同じ顔ぶれで少しずつ通う。拒まれた日は無理に踏み込まず、廊下の椅子で静かに待つ。距離を取ることも、支援のひとつです。その日ごとの小さな変化を、丁寧に記録していきました。
同時に、その方の心が緩む『入口』を探しました。着物の写真集、昭和の童謡、故郷の駅の名前、お手玉、抱きしめられる大きさの人形。『懐かしい』『楽しい』と感じられるきっかけを、ひとつずつ増やしていったのです。
数週間後、その方はケアギバーを見ると『あら、いらっしゃい』と笑顔で迎えてくださるようになりました。ご家族が『もう見られないと思っていた』笑顔でした。
特別なことをしたわけではありません。焦らず、無理をせず、その方のペースと人生に寄り添う。ただ、それを続けた結果です。
